山梨県 大月市 〜地域再発見!・ローカルサーチ

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<地方都市の概要>
大月市(おおつきし)は、山梨県東部の市である。
地形はほとんどが山であり、市街地は急峻な山に挟まれた谷に形成されている。
市街中心地は大月駅周辺の南部に集中しており、
この付近に中央自動車道、中央本線、国道20号が東西に通り、南北を国道139号が通じる。
また、富士吉田市方面に通じる富士急行大月線等も通じる。

多摩地方に近いために、「多摩梨」と諷刺される事もある。
又、東京都区部から特急を利用しても実乗時間だけで1時間、普通列車であれば実乗約85分という、
通勤至便と言い難い条件におかれつつも、地価高騰のおりには東京都区部からの転入者が増え、
いわゆる「山梨都民」と称する住民が現れた。
長期不況で都心回帰現象が起こるや、一転して転出超過に陥り、
1990年の35,000人から今日の31,000人弱へと常住人口の流出が続いている。
これは、小田原市(神奈川県西部)や沼津市(静岡県東部)でも見られる現象となっている。

市街地の東側には、日本三奇橋の一つである「猿橋」がある。

大月などの郡内地方は西関東方言のエリアになるが、
アとエの中間のような発音に置き換えられるものがある。
(例)泣いている→にゃーてる。これは、静岡弁の影響が強いという説がある。


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■猿橋■

猿橋(さるはし)は、山梨県大月市にある桂川にかかる橋である。
江戸時代には日本三奇橋の一つとして知られ、甲州街道にかかる重要な橋であった。
今では現存する唯一の刎橋である。
猿橋は現在では人道橋で、上流と下流にそれぞれ山梨県道505号小和田猿橋線と国道20号で同名の新猿橋がある。
長さ30.9m、幅3.3m。水面からの高さ31m。

猿橋は桂川の両岸が崖となってそそりたち、幅が狭まり岸が高くなる地点にある。
幅が狭ければ橋脚を河原に下ろさずにすみ、それが高所にあれば水位が高くなっても川の水に接しない。
このような地点に架橋できれば、大水の影響を受けずにすむ。しかしそのためには橋脚なしで橋を渡す技術が必要である。
そうした条件では吊り橋が用いられるのが常だが、江戸時代の日本にはもう一つ、刎橋(はねばし)という形式があった。

猿橋については、7世紀に猿が互いに体を支えあって橋を作ったのを見て作られたという伝説がある。
鎌倉時代には既に存在していたらしいが、その起源ははっきりしない。
古くは吊り橋だったとする推測もあり、刎橋になった時期は不明である。
1676年(延宝4年)以降に橋の架け替えの記録が残り、少なくとも1756年(宝暦6年)からは似たような形式の刎橋である。

刎橋では、岸の岩盤に穴をあけて刎ね木を斜めに差込み、中空に突き出させる。
その上に同様の刎ね木を突き出し、下の刎ね木に支えさせる。
支えを受けた分、上の刎ね木は下のものより少しだけ長く出す。
これを何本も重ねて、中空に向けて遠く刎ねだしていく。
これを足場に上部構造をくみ上げ、板を敷いて橋にする。
猿橋では、斜めに出た刎ね木や横の柱の上に屋根をつけて雨による腐食から保護した。

このような構造の橋は猿橋に限られなかったが、江戸時代には猿橋がもっとも有名で、日本三奇橋の一つとされた。
甲州街道沿いの要地にあるため往来が多く、安藤広重が描き、荻生徂徠など多くの人が訪れた感想や詩・句を記録した。

1932年(昭和7年)に名勝に指定された。
1934年に上流に新猿橋が作られ、国道(当時は国道8号)はそちらを通るようになった。
1973年(昭和48年)には別の新猿橋が下流に作られ、国道20号が通るようになった。これら二つは今も並存する。

古い猿橋を継承するものとしては、H鋼に木の板を取り付け、岸の基盤をコンクリートで固めた橋が、
1984年(昭和59年)に架けられた。これが現在の猿橋で、部材を鋼に変えて1851年(嘉永4年)の橋を復元したものである。

余談ではあるが、1902年(明治35年)に中央本線、鳥沢〜大月間開業の際には猿橋の脇を通っていた為、
列車内から猿橋が眺められたそうである。
しかし、1968年(昭和43年)梁川〜猿橋間複線化の際に途中駅の鳥沢駅から桂川を渡り、
猿橋駅に至る南回りのルートに変更されたため列車内から猿橋を眺めることは出来なくなった。

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